遭難未遂事件

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

 

高校2年のGW期間中の出来事を、たまに思い出します。

 

GWに何かしようと自分も含めて集まった3人。

自転車が好きでよく遠出いったりして、遊び仲間でしたが、以前から山に登りたいね!なんてよく話してました。

 

そこで思い立ったのが「雲取山」。

東京埼玉山梨にかかる2000メートル級の山ですが、とにかく登ってみたかったのです。

山登りの知識もなく、とにかく「雲取山」に登りたい一心でした…。

 

昼ごはんを食べ終わり、14時半頃、登っている最中で気づいたのですが、1日で登頂&下山は無理だなと。時すでに遅しでした。

三峯神社経由で登ったのですが、17時の三峯ロープウェイに乗らないと帰れないと確信したからです。

頂上の到着時間は20時予定でしたし、下山しても終電を逃すのを分かってたので、とにかく頂上を目指しました。

 

暗かったのもあり、21時過ぎに頂上到達!

手に取れそうな星の数にビックリ、感動しました。そして辺りは怖いほど真っ暗。

僕らは何を思ったのか、スグに下山しようとしてました。何故なら、親には何も言わず出て行き、翌日には3人各々の予定が入っていたからです。

 

山小屋の主に、暗いから泊まっていきなさいと言われましたが、下山しなければいけないと伝えました。

主に、こっぴどく怒られました。この先は雪もまだ積もってるし危ないと言われ、何度も止められました。電話もつながらず、なんとか主を説得し、菓子パン5つと、マグライトの電池を貰いました。

 

頂上から100メートル下りていくと、すでに20センチほどの雪が積もってました。

嫌な予感というか恐怖心で、僕ら3人の言葉はだんだん途絶えていきました。そして完全に会話がなくなりました。

会話がなくなった理由は、実はとある出来事からでした。そのことに関しては、最後に書こうと思います。

とにかく、疲れと恐怖心と後悔、そして本当に下山できるの不安になってきました。

 

そして、嫌な事が的中してしまいました。

下山ルートを外れた事に気づきました。もうダメだと思い、皆で喧嘩しました。

誰が最初に「雲取山」に登ろうって言いだしたんだよ!と。

喧嘩しても意味がないことに気づいてたとはいえ、皆、恐怖心から殺気だってたんだと思います。

 

今思えば、奥多摩小屋跡と唐松峠(ブナ坂)の中間辺りで、ルートから外れたと思います。

どうやって元ルートに戻れたのかは思い出せません。おそらく動物的感だったと思います。みんな必死でした。

 

結局、深夜2時半、山梨県北都留郡丹波山村の鴨沢という所に着きました。

下山途中は真っ暗で、チラチラと明かりが見えてきた時の安堵感は今でも覚えています。

 

そして「鴨沢山の家」という民宿に、深夜にも関わらず、泊まらせて頂いた恩は、今でも感謝しきれません。

お腹が空いたでしょと、オニギリとお味噌汁とお漬物があまりにも美味しくて、涙がでる思いでした。今思えば本当に、感謝でしかありません。

 

最後に、下山途中、皆と会話がなくなった理由について書こうと思います。

会話がなくなったのは、私のこの言葉からでした。

「さっきからピー、ピー、ピーって笛の音が聞こえてるけど、なんの音?下山して遠のいてるはずなのに音が小さくならないし。ほらまた鳴った!一定の音量で聞こえてくるのは何で?」

この私の発言から、皆の会話が無くなりました。恐怖心で、黙ってしまったと思います。

 

今でもこの音の原因は分かっていません。

もし雲取山、それ以外の山で登山される方で、この様な経験をされた方がいたら教えて欲しいです。

 

とにもかくにも、自然をなめたらいけないですね。

 

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